裏読み読書

本を読んで感じることは人それぞれ。

モンテ・クリスト伯 読書メモ82

絶望と希望
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私の心を躍動させるもの。

善人と呼ばれる人間の存在、振舞い、言葉、表情。

私の心を満たす、デュマの物語。

モンテ・クリスト伯に描かれる、

ファリア司祭の叡智、

モレル氏の清廉潔白、

マクシミリアンの勇気と誠実。

そして、それらの美しい人々を互いに結びつける、
「恩」という感情。

この冷たく残酷な世界で、ただ一つの灯火。


人間を人間足らしめる感情。


私は、恩知らずは大嫌いだ。

動物でさえ恩を知る。



いや、もしかするとこの世界で人間だけが、恩ある者を裏切るという醜さを持つ生き物なのかもしれない。


愛するヴァランティーヌを失ったマクシミリアン。

伯爵は全身全霊を傾け、彼の自殺を警戒しつつ見守る。

平静を装いながら自宅の部屋へと戻る彼を追って、マクシミリアンの家を訪ねた伯爵。

ヴァランティーヌの葬儀が終わった今、危険を感じた伯爵は部屋のドアのガラスを肘で打ち破る。


案の定、テーブルの上にはピストル。
そして、遺書。


この機転。


深い悲しみや絶望にある人間を決して一人にしてはいけない。

平静を装うほど危険だ。

誰にも気づかれず、誰にも邪魔されないように目的を遂行しようとする。

一瞬の油断が取り返しのつかない結末を招く場合もある。


転んでガラスを割ってしまったと言いながら、ドアの鍵を開け部屋へと入る伯爵。

マクシミリアンの心の内を全て知る伯爵。

説得。

この場面の二人の緊迫した会話。

そして、関を切ったようにほとばしるマクシミリアンの本音。
それまでの平静を失い、驚くほど荒々しい叫びをあげる。
それは、自らの決断を阻む者に向けられる激しい怒り。
悲しみが生み出す狂気。

自分の希望も失われたのだ。自分の心は破れ、自分の命は消え、自分のまわりにはただ悲しみと絶望だけしか残っていない。大地も灰になってしまったのだ。自分の心は、あらゆる人間の声が、引き裂くのだ。※1

それとは対照的な落ち着いた伯爵の言葉。
マクシミリアンは更に怒りをぶつける。

そして、狂気の微笑と共にピストルへ手を伸ばす。
それを鋼鉄のような腕で押さえる伯爵。

そして、ついに明かされる真実。

私は、ここからは涙無しには読めない。

美しい場面だと思う。人が人である由縁だからだ。

かつて、マクシミリアンの父を救った者はモンテ・クリスト伯であり、その真の姿はエドモン・ダンテスであるという事実。
「父の命の恩人!」マクシミリアンの驚愕と感激は、目前の死神を消し去った。

しかし、苦しみはまだ消えない。

ここで、伯爵は希望を持つように再度説得する。

生きるのだ!いつかお前は幸福になり、生命を祝福できるような日に会えるのだ、※2


希望。


マクシミリアンにとって、ヴァランティーヌこそ希望だった。

会話の中で、彼女の死を伯爵が暗に否定したことを知り、疑いながらも狂喜する。

条件は「1ヶ月」。

1ヶ月待つ事が出来たら、後は好きにすればいいと言われようやく思いとどまる。

1ヶ月後に、まだ死にたいと思うなら立派な武器も毒薬も用意しようと言う伯爵の言葉に納得するマクシミリアン。



待て、と。




善人に必要なもの。

それは、忍耐。

あきらめず堪え忍び、生き延び、死神さえも退散するほどの執念を持て。


「生きるのだ!いつかお前は幸福になる!」

その言葉を胸に。


※1、2、アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、モンテ・クリスト伯 七、岩波書店。

モンテ・クリスト伯 読書メモ81

チェスの一手
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場面は変わりダングラールとモンテ・クリスト伯。


何故かこの二人のやり取りは、復讐する者、される者、という関係でありながらユーモアを感じさせる。


モルセール、ヴィルフォールとの緊迫したやり取りとは異なるダングラールの滑稽さ、ここに注目したい。


伯爵の対応も、掌で転がす様に自在で確実。

寸分の隙もない。


巧みにダングラールの自尊心や見栄を煽り、思い通りの行動をとらせる。

その合間に見せる仕草がまた面白い。

じっと天井の金細工を眺めて待つ。


この一文で目に浮かぶのは、ソファーに姿勢良くかけ足を組み、悠々として天井を眺める伯爵。
つまり、顔を上げている伯爵の姿。

既に圧倒的勝利の姿が印象的だ。

一方煽られたダングラールは、必死に自分の力量を示さんが為に、下を向き鷲ペンを走らせている。

つまり、敗北を示している。


この構図、漫画化すれば絵になる。


かつて、ダンテスは船長に、その会計係にはダングラールが決定していた。

その本来の主従の姿が、奇しくもこの瞬間に再現されている。

過去のダングラールは嫉妬のあまり、その事実を受け入れられずダンテスを牢獄へ送った。
しかし、長き時を経てダンテスは、その奪われた地位を取り戻した。

この僅か数行の描写。

しかし、ダンテスにとっては、長らく待ち焦がれた瞬間なのだ。

勝利、そしてこの後に起こる全てを予測した余裕。

ダングラールの精一杯の見栄である支払い手形。

伯爵は、王手となるチェスの駒を動かす。


巧みな話術。

ダングラールの性格と、知能を見抜き抜いた策略。

ダングラールは、それとは知らずノコノコと罠の中へと自ら進み出る。


そして、帰る伯爵と入れ違いに訪問するボヴィル。

あれほど本心を見せない伯爵が、ボヴィルとすれ違い様に微笑を見せる。
エデとの一件以来、伯爵がより人間らしく蘇生しつつある証拠がここにもある。



計画は成功。

遠退く馬車の音。

ダングラール「男爵」の終焉。

モンテ・クリスト伯 読書メモ80

司祭。

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泣くことすら出来ないマクシミリアン。

悲しみが喉を縛り上げる。

言葉にならないうめき声。


激しい嘆きの波を乗り越え、彼はようやく犯人に対する罪の追及を思い立つ。

確固たる意志でヴィルフォールに詰め寄るマクシミリアン。

言うべき事を言い切ったマクシミリアンは、そこで初めて涙を流す。

この涙。

デュマは、悲しみを知っている。

人は大きな悲しみに出会うと簡単には泣けない。
この描写には、マクシミリアンの悲しみが良く現れていると思う。


愛しい人を失った。

恋人たちにとって、それは世界の崩壊を意味する。


光の喪失、大地の消失。

真っ暗な何もない闇の中で、恋人と過ごした光の日々を思う。

悲しみを抱きながら、マクシミリアンは邸を後にした。


さあ、ここからが面白い。

葬儀のため、隣に引っ越してきた司祭が呼ばれる。その人こそ、司祭の姿をしたモンテ・クリスト伯。

悲しみ満ちるヴァランティーヌの部屋で、祈りを捧げる司祭。
閂をしっかりとかけ、ノワルティエ老人に真実を告げる。

幸福そうなノワルティエの描写を読むと、こちらも嬉しくなる。



正しき者は幸福になれ!!

私には、そんなデュマの声が聞こえる気がする。



アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、「モンテ・クリスト伯」七、岩波書店。